こてちゃい都々逸どいどい(どどいつDodoitsu 愛Love Song 笑ってSmile 君Happy)

-君に捧げし都都逸一句。振り向く笑顔を夢見猫-

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12月3日修正、蝶ン来ナ、ちょんきな、チョンキナ, Chonkina, Tyonkina、・・・狐拳き、とてつる

12月3日修正


  蝶ン来ナ蝶ン来ナ 蝶ン/\ 来ナ/\ 蝶が菜で 蝶々がホイ

  (ちょんきな ちょんきな ちょんちょん きなきな ちょんが なのはで ちょちょんがほい)

(チョンキナ チョンキナ チョンチョン キナキナ チョンガ ナノハデ チョチョンガホイ)

(chon kina! chon kina! chon chon kina kina! chonga nanohade chochonga hoi!)(ヘボン式ローマ字)
(tyon kina tyon kina tyon tyon kina kina tyonga nanohade tyotyonga hoi )(日本式ローマ字)

   ※ローマ字参考サイト 金子良馬の実用タタミ一点張り『ローマ字表記の種類』
  
 以下、ローマ字は、ヘボン式で記述します。 


1911年「宴会お座敷芸」大通散士 編、盛陽堂、明治44年
国立国会図書館デジタル化資料 P.54-55 より引用

「蝶ン來ナ拳」(ちょんきなけん、蝶ん来な拳、チョンキナ拳、Chonkina-Ken) 

蝶來な拳は、蝶を呼ぶありさまを見せる手振りで、矢張り東八拳を打って、勝負を極める(きめる)のです、その歌は

 蝶ン来ナ蝶ン来ナ 蝶が菜で 蝶々がホイ

 ちょんきな ちょんきな ちょうが なのはで ちょちょんがほい)
(チョンキナ チョンキナ チョウガ ナノハデ チョチョンガホイ)

(※以下の文面記述より 「蝶ン来ナ蝶ン来ナ 蝶ン/\ 來ナ/\ 蝶が菜で 蝶々がホイ」 )

(chon kina! chon kina! chon chon kina kina! chouga nanohade chochonga hoi!)

と言う歌で「蝶ン」(ちょん)と言う時に、自分の掌を合せ「來ナ」(きな)と言って、又對手(あいて)の左の掌と合せ「蝶で」又自分の掌と合せ「來ナ」(きな)で對手の右の掌と合せ「蝶ン/\」(ちょんちょん)と言う時に自分の掌を二度合せ「來ナ/\」(きなきな)で自分と對手(あいて)の左の掌とを一回合せるのです、手を合せ拳を打ちながら、蝶來ナ/\を唄うのであります、


1909年「明笛清笛独習案内」香露園主人 著、松陽堂、明治42年

国立国会図書館デジタル化資料 P33より引用

「狐拳」で、ちょんきな出ています。

明笛清笛独習案内狐拳(ちょんきな)
明笛清笛独習案内 狐拳(ちょんきな)Kitsune-Ken(Chonkina-Ken)


1888年「音楽早まなび : 学理ハ西洋歌曲ハ日本」梅田磯吉 編[他]、早矢仕民治、明治21年

音楽早まなび表紙
国立国会図書館デジタル化資料 音楽早まなび 表紙

「ちよんきな」(ちょんきな、Chonkina)

 ちょんきな ちょんきな ちょんちょん きなきな ちょんがなのハで チョチョンガヨイ
(chon kina! chon kina! chon chon kina kina! chonga nanohade chochonga yoi!)

音楽早まなびちょんきな
音楽早まなび ちょんきな


1898年「音曲全書 第1編」後藤新吉 著、伊沢駒吉[ほか]、明治31年

国立国会図書館デジタル化資料 P21より引用

「狐拳」(きつねけん、Kitsune-ken)

 チョンキナ チョンキナ チョンチョン キナキナ チョンガ ナノハデ チョチョンガホイ」
(chon kina! chon kina! chon chon kina kina! chonga nanohade chochonga hoi!)

音曲全書狐拳ちょんきな
音曲全書 狐拳(ちょんきな)


1898年「尺八独稽古」後藤露渓 (新吉) 著、岡本偉業館、明治31年

国立国会図書館デジタル化資料 P12より引用

「狐拳」(きつねけん、Kitsune-ken)(二拍子)

 ちょんきな/\、ちょん/\きな/\、ちょんが菜の葉でちょ/\んがほい。
(chon kina! chon kina! chon chon kina kina! chonga nanohade chochonga hoi!)


1893年「手風琴奏法指南並ニ和洋流行楽譜集」三谷種吉 著、上田貞治郎、明治26年

国立国会図書館デジタル化資料 P9より引用

「チヨンキナ」(ちょんきな、Chonkina)

 チョンキナ チョンキナ チョンガ ナノハデ オチョイノチョイ
(chon kina! chon kina! chonga nanohade ochoino choi!)


1898年「横笛独まなび(ハーモニカ). 上巻」倉田初四郎 編、十字屋、明治31年国立国会図書館デジタル化資料 より引用

「ちょんきな」(Chonkina)

ちょんきな ちょんきな ちょんちょん きなきな ちょんがなのその
ちょちょんがよい ちょちょんがよい

(chon kina! chon kina! chon chon kina kina! chonga nanosono chochonga yoi! chochonga yoi!)


1898年「横銀笛独まなび(フラジヨレット) 上巻」倉田初四郎 編、十字屋、明治31年国立国会図書館デジタル化資料より引用

「ちょんきな ちょんきな」(Chonkina, Chonkina)

ちょんきな ちょんきな ちょんちょん きなきな ちょんが なんのその ちょちょんがよい
665 665 6677 6532 0335 6532 3565 60

(chon kina chon kina chon chon kina kina chonga nannosono chochonga yoi!)


●1918年「あごはづし : 抱腹絶倒」青文堂、大正7年
「蝶きな拳」国立国会図書館デジタル化資料P44より

蝶来な蝶来な、蝶々来な/\ 蝶が菜の葉で ヨヽイがホイ

(ちょうきな、ちょうきな、ちょうちょうきなきな、ちょうがなのはで、よよいがほい)
(chou kina! chou kina! chou chou kina kina! chouga nanohade yoyoiga hoi!)


●新編「大言海」大槻文彦 著、富山房、昭和31年3月新訂版初版、昭和63年3月

【ちょんきな】P.1344 より引用
 狐拳(きつねけん)ヲ打ツトキニ唱フル語。即チ、
  ちョんきな、ちョんきな、ちョんちョんきなきな、ちョんがなのはで、ちョちョんがほいト云フ。
  (ちょんきな、ちょんきな、ちょんちょんきなきな、ちょんがなのはで、ちょちょんがほい と言う)
(chon kina chon kina chon chon kina kina chonga nanohade chochonga hoi!)


1926年「瓦版のはやり唄」三田村鳶魚 著、春陽堂

ちよんきな替唄忠臣藏 P190-192 国立国会図書館デジタル化資料 P110

二上り
「ちょんきなぶし替唄ちうしん蔵」

 
●1896年「ザ・ゲイシャ(芸者)、The Geisha」シドニー・ジョーンズ ( Sidney Jones )(1861-1946)が書いたミュージカル・コメディ(台本 ホール、作詞 グリーンバンク、音楽 ジョーンズ)[lyrics by Harry Greenbank ; music by Sidney Jones]

「チョン・キナ、チョン・キナ、チョンチョンキナキナ、長崎、横浜、函館ホイ」


※最初は、「ジョン来な(Jon-kina)」だった?


・2005年「ロマン派音楽の多彩な世界: オリエンタリズムからバレエ音楽の職人芸まで」岩田 隆 著、朱鳥社 P161~より引用

・・・全曲中最もユニークなこの節は、日本調でもあり、聴き方によっては中国風でもある。この歌の作者など確かな資料は伝わっていないが、どうやら日本が外国に開港したことに伴い、横浜あたりの外国人相手の芸者たちの間で広まった、いわゆる「お座敷ソング」であるというのが有力である。
・・・
1859年(安政六年)に長崎、神奈川(現在の横浜)、函館の港が海外に開かれ、これを安政の開港と呼んでいるが、それ以来これらの港には外国船が出入りするようになり、外国船員や商人たちを相手にする宿や遊里も増え、その中からこの歌が生れたということである。
ところがその歌詞は、1933年(昭和八年)の「人情地理」によれば、

「ジョン来な、ジョン来な、ジョンジョン来な来な、長崎、横浜、函館ホイ」というものであった。

つまり、この頃入国したイギリス人にはジョンという名前が多かったので、ジョンを外国人の代名詞みたいに使い、かくしてこういう歌が生れたというわけである。
ところがいつのまにか、この「ジョン」が「チョン」になり、「チョンキナ節」として広まることになった。
さらに、この誤った歌詞が日本人の間だけでなく、外国人の間にも知られるようになった。・・・・・・この歌には珍妙な踊りがつけられ、はては横浜の西洋人相手の宿を「チョンキナ宿」と呼ぶようになり、この替え歌までできたと伝えられている。(以上 引用)


「ジョン来な、ジョン来な、ジョンジョン来な来な、長崎、横浜、函館ホイ」
 (Jon kina, Jon kina, Jon Jon, kina kina, Nagasaki, Yokohama, Hakodate hoi!)


下記サイトも参考にさせていただきました。

・東京大学大学院 総合文化研究科 表象文化論研究室
「オペラは自画像を描く」 2008/06/16 長木誠司


※下記サイトに、楽譜がのってます!

ベイラー大学 フランシス•G•スペンサーコレクション
Baylor Frances G. Spencer Collection of American Popular Sheet Music

Song "Chon Kina"

Chon kina, chon kina,
Chon chon, kina kina,
Nagasaki, Yokohama,
Hakodate hoi!
・・・・・・
・・・・・・
Kirigirisu hoi!

チョン キナ、チョン キナ
チョン チョン キナ キナ
長崎 横浜
函館 ホイ

・・・・・・

きりぎりす ホイ!


※「きりぎりす」が気になりますね。


●1893年手風琴独奏自在
新井清次郎, 柏原由二 編 (藜光堂, 1893)

「きりぎりす」

いやととびぬくのおむりにとつかまいて~


※こりゃ、ちょっとどうなんでしょうか(^_^;)

 北原白秋の著作「東京景物詩」の中にも『CHONKINA』あります。

そして、『鬼百合』きりぎりす

1913年「東京景物詩」及其他(東京景物詩 及その他)、北原白秋 著、東雲堂書店

国立国会図書館デジタル化資料 P175-177より引用

CHONKINA.

“Chonkina ! chonkina !
Chon-chon kina- kina !
Chon ga nanoso de,
Cho-chon ga yoi !...........”

「赤い夕日、
活動写真見たいなキラキラが、あのやうに、あれ、
御覧な。
お向ふの三層櫻(さんがい)の高い部屋の障子に、・・・
・・・
あれ、あの手も真赤な狐拳(きつねけん)!」

“Cho-aiko ! Cho-aiko !..........”

・・・
・・・
欄干(てすり)では何時までも何時までも
気まぐれな狐拳(きつねけん)。

“Cho-aiko ! Cho-aiko,
Chon-chon aiko– aiko,
Chon ga nanoso de,
Cho-chon ga yoi !...........”

“Chonkina ! chonkina ! ..........”


『鬼百合』P184-より引用

夏の日の東京に歌澤のこころいき・・・・・・
・・・
日がそそぐ・・・・・・銀色のきりぎりす
・・・
晝寝(ひるね)の夢の凄さ、
・・・
日がそそぐ・・・・・・わかいお七の半鐘か、死ぬるきりぎりすか。
銀の光の細かな強いすすりなき。
・・・

1926年「青塗船 : 民謡集」藤淵忠一 著 (熊本民謡研究会)

国立国会図書館デジタル化資料 インターネット公開

目次「筑紫の波」
P32より引用

「きりぎりす」
ないてくれ ないてくれ
俺も一人で ないてるよ
球磨川堤の きりぎりす

星もない 月もない


目次「鐘の音」
P90より引用

「きりぎりす」
今宵一夜を なけばとて
別れゆく身の 我れなれば
遠い国とて 云ふごやなし
ないてくれるな きりぎりす


●1951年「新土佐節」
玉枝、君葉、ぽん子 (コロムビア)

「きりぎりすは羽根で啼くかよ 蝉ゃ腹で啼く わたしゃあなたの 胸で泣くよ そうだ そうだ まったくだよ
・・・」

●「きりぎりす~今別れ」
きみ栄の都々逸「決定版 都々逸入門」ビクターエンタテインメント

〽お声はすれども姿は見えぬ ぬしは草葉のきりぎりす

〽今別れ 道の半丁も行かない内に こうも逢いたくなるものか


●西沢 爽 著「日本近代歌謡史」(桜楓社、平成2年11月)によりますと、
(第二十章 新吉原の洋風廓 P.1181~)

チョチョンガヨヤサーで負けた者が脱いでいくような「横浜拳」、一般に「チョンキナ踊」という踊が流行したとあります。(P.1194参照)

※ 「ジョン来な」になって、あやしげな話になってきました(^_^;)

●西沢 爽 著「日本近代歌謡史」の
P.1193 に、「チョンキナ拳を派生させたと思われる拳唄の一つ」として挿絵がのっています。

‘流行はやりうた とてつるけんぶし’ 

1925年「鳶魚劇談」三田村鳶魚 著、春陽堂

 傳統した明治初年のトテツル拳(伝統した明治初年のトテツル拳)


1926年「瓦版のはやり唄」三田村鳶魚 著、春陽堂

目次:新板流行唄(はやりうた)とてつるけんぶし

▲かねがかたきで、ごうよくは〽よぶもおい/\・・・
・・・

▲扨(さて)もはやるは八代目、はいるおきやくは多見蔵、つね世と粂三でまいりましょ(合)じやんじやか/\大友三津右衛門芝十郎はことら、はう/\なかつるてん、三升でサアきなせへ、チョ/\ンガヨイヤサ

弘化四年河原崎座の春狂言に笑門俄七福といふ所作があつた、其の拳詞(けんことば)が大受けであつて、様々に模倣さて當時の大流行となつた、さうして明治になつても彼(か)の拳詞の模倣が新作された、それについては既刊鳶魚劇談の中に述べて置いた。 (以上 引用)


※1847年 「チョチョンガヨイヤサ」?

※「東京ちょんきな」

※「お花見チョンキナ」

 
☆「吉原 朝馬」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』最終更新 2012年7月9日 (月) 12:45 によりますと、

落語家の3代目 吉原 朝馬(よしはら ちょうば)さんの、出囃子が『ちょんきな』だったそうです。


☆端唄、俗曲「深川」の狐拳(きつねけん)のところのポーズです。(浅草幇間 桜川米七さん)

チョイナ~
坊さま ハイハイ 二人で よし町(よしちょう)通い サアテ
のぼる段梯子 アレワイサノサ いそいそと
隣り座敷をながむれば 差しつおさえつ アレワイサノサ 狐(きつね)けん サテ

深川の「狐拳」のポーズ桜川米七さん
浅草幇間 桜川米七さん


※現代の芸者さん幇間さんの、優れた芸を、こてちゃい「浅草芸者幇間さん」で少しばかりご紹介しておりますので、よろしかったらご覧くださいませ。


※都々逸、記事へのリンク※
世の中面白ぶし
月雪花撰文句とどいつぶし
尾上の松夫婦とど一
あさ直しおつこち都々一ぶし
新内心いきとど一/
しん内心いき都々一

☆拳(けん、ken)の記事もよろしかったらご覧ください

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こてちゃいでございます。都々逸(どどいつ、都々一、都々いつ、都都逸、都都一、都度逸、ドドイツ、どゝ一、どゝいつ、どゞいつ、とゞいつ、どど一、どゝ逸、度々逸、度々一、百々逸、登々以津、東都一、・・・)。素人です。かなりいい加減なやつですが、よろしくお付き合いください。

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